その問題で勘助も龍治も、近い将来色々環境発言をするのですが、自然保護とか動物保護で人間が絶対にやってはいけない事は2つあります。
それは、
@取りすぎ(乱獲)。
A守りすぎ(聖域保護)。
です。
@は分かりますよね。『夢追い〜』では、何故蔵原に猪が爆発的に増加したのか、その理由を「狼の乱獲」としてます。
人を襲うから等の理由を挙げましたが、だから猪にとっての天敵がいなくなり、1年で3〜4頭を産み落とすという繁殖力の凄い猪ですから、猪けかじという特殊な飢餓現象が起きたのです。
その蔵原回復の切り札が、狼の復活でした。
これは、日本の現在の害獣問題がそうなのです。
特に鹿と猪は、そうなのです。
その対策として、中国から狼を連れてくるという案があったのですが、やはり外来種という問題から流されたわけです。
そこがヒントになっていす。
Aは、何故それがダメだと感じる方もいるでしょう。
確かに絶滅危惧から改善させるのに、安全値に戻るまでは良いでしょう。
しかし、聖域保護はダメな答えは、あまりにも簡単です。
だって、人間と違って他の動植物は、繁殖に対して「自制」が出来ないのですから。
つまり聖域保護では、生体系が繁殖の強いものから目茶苦茶になるのです。自分達で改善出来ないのです。
ですから、自然は人間が一切干渉しなくても、自然界は荒れるのです。
ここを未だに分かろうとしない、自然・動物保護団体っていますよね。
『夢追い〜』でも聖域例を、少しですが近く出します。
それは上州、山内上杉憲政が初期に出した「鹿狩りの禁制」です。
鹿は神聖な神の遣いとして、絶対保護に踏み切った事で、年を経つごとに鹿の繁殖が目立ち、農作物にまで食い荒らして被害が激化した事です。
農民達は改善要求をしても、神の遣いの名の下に却下し続け、農村は荒れ放題になります。
とはいえ、これだけが農村崩壊の理由ではありませんが…。
山内上杉氏が「鹿猟の禁制」を出したのは本当ですが、物語みたいな結果を実際に出したか否かは謎です。
この山内家の態度のネタ元を明かせば、捕鯨問題です。
ただ私は、大学時代に近代米国捕鯨史を卒論に書いた人間ですので、それを調べる時に、必ず過去の破壊一辺倒と現在の究極保護の両極端に触れていたわけです。
ですから、これを書いた時期は、マスコミの話題をさらったあのシー・シェパードやグリーンピースの騒ぎよりも、実は少し前なのです。
彼等の歯が浮く武勇伝は、卒論製作当時から知ってましたから…。
そんな、クジラは神聖だからペケで、カンガルーは害獣だからマルだとあらぶる彼等の主張を見ても、Aも自然の摂理に逆らっている事は、容易に解るでしょう。
まさに『夢追い〜』内での、憲政政権と同じ態度です。神様絡みですから、禁制の効力は永年(短くても政権交代まで)なのです。
南極では、ミンククジラの異常繁殖が多種のクジラが増えない理由だというのが、IWC科学委員会の一致した見解ですから。
現在の問題についての主張は、ここでのテーマではありませんから答えませんが、ま、そんなところです。
自然界とのお付き合いは、とても難しいのです。
1番大事なものは、乱獲と聖域のあいだです。
自然保護のキーワードとは、実は地球に優しい「間引き」だったりするのです。
つまり、人間は地球の「庭師」だということでょう。
これが完璧な答えかは分かりませんが、少なくとも乱獲と聖域保護よりは、かなりまともな答えだと思います。
龍治姉さんがこれを言うのは、第23章以降になるのかなぁ…?



