享年22歳、非常に勿体ない逸材です(_人_)
例えば『甲陽軍鑑』などでは、両上杉まとめて無能の権化とされているようですよね。
私も下手なりに調べていると、どうもおかしいのは山内管領ばかりで、扇谷家は氏綱と戦った朝興や、氏康と戦った朝定などは、組織の中身はどうあれ結構一生懸命戦ったイメージのほうが強かったです。
逆に山内管領家を調べると、特に太田道灌が死んでからそうですし、氏綱と簡単に和睦する憲寛もそうですが、憲寛の追放劇など通説通り「お前何してんねん」とツッコミ入れたくなるような事がよく目立ちました。
だから『夢追い〜』の中にいる扇谷上杉は、世間の常識とされている「無能」のレッテルをはがさせて貰いました。
それはやはり、憲政政権の腐敗堕落ぶりを強調させるためです。
だから、当時本当に管領利権を最後の頼みにしか出来なかった朝定は、苦しくも父朝興の遺言(江戸城を取り戻せ)に従う有能な殿様に変えたというわけです。
太田資正・難波田善銀という優れた家臣もいましたし、それでもトップ(公方・管領)がダメならは、下がどんなに有能でも無意味になってしまうという、組織運営のセオリーを描いたつもりです。
でないと、結局は上杉謙信の設定も薄っぺろくなるからです。
謙信を単に「純粋な懐古主義者かつ戦術の超天才」的な芸術家では、すみませんが、この作品では浮いてしまいます…。
朱子学を取り入れたのも、謙信の素朴な人間性を比較強調させる理由もあります。
最近の河越城の戦いでは「夜戦なんてありえないべさ」という意見が主流になっているみたいですね。
私も最近まで、北条氏対反北条連合が戦った河越城の戦いについて、あれこれネタを集めて書いていました。
このためではありませんが、社会人時代や某賞落選作品のために、何度か実際に川越には行ったこともありすし、やはり喜多院の辺りが雰囲気よくて好きですし、駅前の商店街の古本屋には何冊か興味深い本を買わせてもらいました。
やはり城下町に根付いた古本屋さんは、一味違います!
それはさておき、山本勘助と河越決戦。
確かに直接関係はありませんが、なにせこの戦いは、関東戦国時代の情勢を根底からひっくり返した戦いです。
足利幕府の政治秩序上では、甲斐守護職は関東管領職の下にいましたので、大河ドラマ『風林火山』同様、ウチとしても取り上げない訳にはいきません。
この戦後、明らかに武田晴信は、氏康の大勝利に便乗した軍事活動(内山城攻め)をしていますからね。
河越城で篭城する北条綱成・同宗哲・大道寺盛昌をはじめとする3000の兵。
それを取り囲む、関東管領を中心とした約80000人もの大軍勢。
それで、援軍で来た氏康の総力が8000人。
あまりにも謎の多いこの戦いで、10倍の兵力に対して、氏康はいかにして逆転イッパツ大勝利を目指したのでしょうか?
私が下手なりに考えに考えに考え抜いた結果の河越決戦は、やっと第17章で公開出来るようになりました。
解禁は9月になる予定ですが、期待しないでお待ちください。
人によってはシラけますから。
勘助の絡まないいくさですから、その辺は御勘弁ください(_ _)
ですから、ヘッド格の管領と公方の存在感のなさは無論、政権を握る奉行は全員ボケキャラに徹しさせましたし、そんなボケぶりをより彩らせるために、変な部下やら軍師やら学者を作ったわけです。
言ってしまえば、類友(類は友を呼ぶ)現象ですね。
とはいえ本当は『甲陽軍鑑』における、勘助の管領家批評から妄想を膨らましたのですが…。
それで本題に戻り、この河越大決戦では彼等奉行軍師の、まるで何処かの国の●●族議員のように、知識豊かに難しい言葉ばかり並べて飾ったKYぶりも、立派な敗因のひとつになります。
包囲軍に対して、ある条件に当てはめさせれば、氏康は「夜戦」なんて暗闇でコソコソする必要などなく、白昼正々堂々とガチンコ対決を挑んでも、間違いなく勝てますわな(…ムフ。)
そういえば晴信の野戦は、瀬沢以来何時になったら描けるのでしょうか?
野戦執筆はエキサイトしますよ!
下手なりにですが…。
えっ、小田井原までないって!?
早く野戦が書きたいです!
なんて、その前に12章に出てくる松島合戦が野戦ですね。
晴信不在ですが、勘助は活躍しますのでご期待ください!



