2008年02月27日

下手なりに、あえて「夜戦」と書かない所がミソです(笑)

やっとこさで『夢追い〜』では、河越城の戦いのプロローグに入り、扇谷上杉朝定のクランクアップも(17-3-1)に決まりました。
享年22歳、非常に勿体ない逸材です(_人_)

例えば『甲陽軍鑑』などでは、両上杉まとめて無能の権化とされているようですよね。
私も下手なりに調べていると、どうもおかしいのは山内管領ばかりで、扇谷家は氏綱と戦った朝興や、氏康と戦った朝定などは、組織の中身はどうあれ結構一生懸命戦ったイメージのほうが強かったです。
逆に山内管領家を調べると、特に太田道灌が死んでからそうですし、氏綱と簡単に和睦する憲寛もそうですが、憲寛の追放劇など通説通り「お前何してんねん」とツッコミ入れたくなるような事がよく目立ちました。

だから『夢追い〜』の中にいる扇谷上杉は、世間の常識とされている「無能」のレッテルをはがさせて貰いました。
それはやはり、憲政政権の腐敗堕落ぶりを強調させるためです。
だから、当時本当に管領利権を最後の頼みにしか出来なかった朝定は、苦しくも父朝興の遺言(江戸城を取り戻せ)に従う有能な殿様に変えたというわけです。
太田資正・難波田善銀という優れた家臣もいましたし、それでもトップ(公方・管領)がダメならは、下がどんなに有能でも無意味になってしまうという、組織運営のセオリーを描いたつもりです。
でないと、結局は上杉謙信の設定も薄っぺろくなるからです。

謙信を単に「純粋な懐古主義者かつ戦術の超天才」的な芸術家では、すみませんが、この作品では浮いてしまいます…。
朱子学を取り入れたのも、謙信の素朴な人間性を比較強調させる理由もあります。


最近の河越城の戦いでは「夜戦なんてありえないべさ」という意見が主流になっているみたいですね。
私も最近まで、北条氏対反北条連合が戦った河越城の戦いについて、あれこれネタを集めて書いていました。

このためではありませんが、社会人時代や某賞落選作品のために、何度か実際に川越には行ったこともありすし、やはり喜多院の辺りが雰囲気よくて好きですし、駅前の商店街の古本屋には何冊か興味深い本を買わせてもらいました。

やはり城下町に根付いた古本屋さんは、一味違います!


それはさておき、山本勘助と河越決戦。
確かに直接関係はありませんが、なにせこの戦いは、関東戦国時代の情勢を根底からひっくり返した戦いです。
足利幕府の政治秩序上では、甲斐守護職は関東管領職の下にいましたので、大河ドラマ『風林火山』同様、ウチとしても取り上げない訳にはいきません。

この戦後、明らかに武田晴信は、氏康の大勝利に便乗した軍事活動(内山城攻め)をしていますからね。

河越城で篭城する北条綱成・同宗哲・大道寺盛昌をはじめとする3000の兵。
それを取り囲む、関東管領を中心とした約80000人もの大軍勢。
それで、援軍で来た氏康の総力が8000人。

あまりにも謎の多いこの戦いで、10倍の兵力に対して、氏康はいかにして逆転イッパツ大勝利を目指したのでしょうか?


私が下手なりに考えに考えに考え抜いた結果の河越決戦は、やっと第17章で公開出来るようになりました。

解禁は9月になる予定ですが、期待しないでお待ちください。
人によってはシラけますから。
勘助の絡まないいくさですから、その辺は御勘弁ください(_ _)

ですから、ヘッド格の管領と公方の存在感のなさは無論、政権を握る奉行は全員ボケキャラに徹しさせましたし、そんなボケぶりをより彩らせるために、変な部下やら軍師やら学者を作ったわけです。
言ってしまえば、類友(るいとも)(類は友を呼ぶ)現象ですね。

とはいえ本当は『甲陽軍鑑』における、勘助の管領家批評から妄想を膨らましたのですが…。


それで本題に戻り、この河越大決戦では彼等奉行軍師の、まるで何処かの国の●●族議員のように、知識豊かに難しい言葉ばかり並べて飾ったKYぶりも、立派な敗因のひとつになります。

包囲軍に対して、ある条件(・・・・)に当てはめさせれば、氏康は「夜戦」なんて暗闇でコソコソする必要などなく、白昼正々堂々とガチンコ対決を挑んでも、間違いなく勝てますわな(…ムフ。)


そういえば晴信の野戦は、瀬沢以来何時になったら描けるのでしょうか?
野戦執筆はエキサイトしますよ!
下手なりにですが…。


えっ、小田井原までないって!?

早く野戦が書きたいです!
なんて、その前に12章に出てくる松島合戦が野戦ですね。

晴信不在ですが、勘助は活躍しますのでご期待ください!
posted by 久良岐 満 at 17:51 | TrackBack(0) | 『山本勘助の夢追い日記』コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月14日

山本秋津姉さんイラスト

s-yamamoto_akitsu (2).jpg現在の表紙です。本当に母親似の美人さんでよかったね♪
でも父親も大内義隆という、華奢ですが美男子ですし、母親が安芸武田一族の者なら、なにげに甲斐武田一族の遠い親戚に当たるのでしょうが、そこまで作品のネタが回りません(^-^;
秋津も知らされていない以上、気にしてませんから…。

最初は尼子の姫にしたかったのですが、それだとつじつまが合わなくなり、生まれる当時争っていた少弐ではインパクト薄いし、だから安芸武田になりました。

それに、本来ならディフォルメで書くべきでしたが、そこのところは気にしないでください。
実はこのイラスト。下書きの段階で清書せずに色を塗りましたから、どこか雰囲気の違う独特な印象があります。
単に急いだだけの話ですが、次はしっかり清書しようと思います。

鎧は鶴姫さまの物と伝えられている、あの大山祇神社に展示されている鎧を参考にしています。
胸とくびれは勉強になりますし、私は本物を見に大山祇神社まで行ったことがありますので、思った以上に小さい鎧でしたね。
ミニモニ。より小さいかもしれませんね、冗談抜きで…。

1543年は、秋津姉さんの初陣記念年。
数えで14歳。ですから下顎を小さくして、幼さを残している印象に書きましたが、次のいくさでもし表紙を飾らせるなら、大人びた秋津姉さんを描いてみたいものです。
posted by 久良岐 満 at 10:58 | TrackBack(0) | イラスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

今日は祭日

↑だということを忘れて、出勤してしまいました。。。
ブルーです。

休みなので寝ます。
ホリデースペシャル聞きながら。

夜には書きます。

ひさしぶりに4コマ漫画もアップしようかな、と思います。
いずれ、近日中には。
posted by 久良岐 満 at 13:11 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月09日

スカシカシパン

Image026.jpg欲しい欲しいと思い、ようやく買えました。スカシカシパン!
本来は生き物のスカシカシパン。

私の好きなラジオ番組『J-WAVE 東京リミックス族』で毎週話題になり、しまいにはしょこたんが、パンにしてしまったところまで発展したというエピソードがあります。

以外と大きなパンで、食べ応えがあります。
味も程よく甘くて美味いです。


また買おう!
posted by 久良岐 満 at 09:00 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

武田信虎イラスト

s-takeda_nobutora (2).jpg私は変わってるとよく言われます。
同じ戦国史ファンの中でも、きっと特異なほうだと思います。

好きな戦国武将を3人上げろというと、今はこう答えます。

武田信虎

陶晴賢

扇谷上杉朝興


3人目なんぞ、誰じゃいと思われそうで、つい最近まで3人目は北条氏綱だったりしました。
この2人は、ライバル関係なんですよね。

それで大永4(1524)年に、その中に割って入って来たのが信虎くんです。

信虎くんの人生は、調べてみると結構面白くて、妄想モードがつい全快になります。

そういえば、追放の真相って何でしょうかね?
いろんな一級資料(ただし、活字)を眺めながら頭の中でイメージすると、ある仮説に出会えるのですが、自信が全くありませんのでご勘弁ください。

モデルは肖像画の本人です。
4コママンガでは、いつもツッコミ役に徹している信虎クン。
しんげん公の天然系にまけるな!
がんがれ信虎クン。
いつか、スビンオフで書ける日を…!
posted by 久良岐 満 at 19:46 | TrackBack(0) | イラスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする